「くそ!!!」
牙をむき出し跳躍したであろう、獣の気配を感じ身をすくめる。
ざんっ!と鈍い音と、獣の咆哮、次々と獣が切り伏せられ、獣の口から上がる絶叫。
赤紫の光を纏う『式』が、ちらりと秋守を見据える。
「………」
その視線を受け止め、ぐっと息を呑む。
(俺も式鬼を呼んで、戦力を均衡させる…)
迷っている暇は無い。
符に力を籠める。
赤紫色に符が『灯る』。
男、秋守の周りに四つの環が現れる。
この世界の五つの力を現す環のうちの四つ。
一つ、金の魚。
一つ、青の蛇。
一つ、黒の獣。
一つ、赤の人。
この四つと、『白の神』で呪術師の『術』は構成されている。
『式鬼』は、『 妖あやかし』に付随する『鬼』。
この世のモノでない、魔物。
リンっと何処からか、鈴の音が響く。
(呼ぶ、この俺が呼ぶ。聞こえるだろう。俺の元へ来い。)
符に灯った光が激しく燃え上がり、上空へと伸びる。
秋守に襲い来る獣を宵闇は切り伏せ、秋守の時間を稼ぐ。
代わる代わる牙をむく獣達の中で、一体だけまったく動かずにその様子を見ていた。
「来い、『果たす者』よ!」
そして、秋守は伸び、消え行く光に向かって叫んだ。
――― 何があっても、『式鬼』は呼ぶな。いいな。 ―――
正佳の言葉が脳裏を過ぎたが、上空に上った光が地上に舞い戻り環を描く。
『式鬼』が現れる瞬間、正佳の言葉はかき消えた。
頭、両腕、胴、両足のヒト形。横長な四角と、長い棒のようなもので先端が幅広く何かに覆われているような膨らみとそれを留めているであろう紐のような長細い2本の光の形が現れる。
赤紫の光に包まれた、ヒトの姿の『式鬼』。
うっすらと、秋守の呼び出した『式鬼』が瞼を上げる。
ぐらりと、『式鬼』の身体が揺れる。
獣を切り裂く音と、獣の獰猛なうなり声、咆哮---そして、『女』の悲鳴。
ドサッと二重に響く音と、鈴の音、カランと落ちる何か。
「きゃぁっ!」
赤紫の光を纏いながら、地に降り立った『娘』は着地に失敗してよろけて尻から倒れた。
「う…ぃたぁ…」
尻を強く打った娘は、顔を歪ませて、そして目の前に居た秋守をその黒い眼で見た。
きょとんとして、娘は首を捻り、周囲を見渡し、秋守を見て微笑んだ。
「えっと、こんばんわ?」
など、危機感の無い言葉をその可愛らしい唇から紡いだ。
得体の知れない上着を着て、その下の下着のいくつもの折り目の付いたひらひらとした布が、腰に巻き付いてる。
その腰巻から恥ずかしげなく伸びる足。
(…………)
秋守は、とりあえず額に手を置いて、考えた。
***
「じゃあ、俺が好きだって言ったら、付き合ってくれる?」
そう天音をまっすぐ見つめて言った。
対して天音はその言葉にぽかんとして透を見つめた。
「え?」
それだけしか、彼に言葉を返すことができなかった。
だって、
「え?」
だって、…だって、
「透君、彼女いるでしょう?」
そうでしょう?
「違う。付き合ってないんだ、本当は―――」
意味がわからない。
なら―――
(だって、彼女って―――)
天音は『桜妃』に触れ素振りをしたことで切り替えた気持ちを一瞬にして塗り替えられ、混乱した。
そう、
「本当は、ずっと―――」
だって。
ずっと、
ずっと、
「天音のことが好きだ…」
(透君が、好きだった―――)
驚いて、驚きすぎて、顔をゆがめる。涙がでる。
うれしいとかではない。
(どうして、今?)
どうしたらいいのだろう?どうすればいいのだろう―――。
動いた足、振り上げた鞄、透が天音の腕を掴もうとして空を掴む。
天音は、脱兎のごとく逃げだした。
背中から、透の声と追いかける足音が聞こえる。
だけど、もっと激しく鳴るのは――心音。
(っわ、私っ)
混乱して、道路を無茶苦茶に走る。街灯に照らされた道路。
そして、ふと―――街灯が消えた。
けれど、天音はそのことに対して気にしている余裕もなく…真っ暗の闇の中、天音は後方より追いかけてくる透の声を聞く。
けれど、逃げたくて―――闇の中がむしゃらに走る。
その闇が空けるような、赤紫の光が目の前ではじけた。
「!?」
叫び声が音にならなく、身体を強力な力で引っ張られる。
思わず来た道へ逃げかえろうと身を捻る―――と、
≪呼ぶ。『この』、俺が呼ぶ――――≫
心臓を――魂を鷲掴みにされたように、息が止まる。
苦しい、苦しい―――。
息ができない。
首を絞めつけられているわけでもないのに、苦しい。
いや、まだ、首が締め付けられている方がいいのではないかと―そう思わせるような、体中に感じる圧迫感。
身体の中がめちゃくちゃに熱く、身体全体が痛い。まるで身体中を粘度をこねるように『作りかえられている』ような―――不可解な傷みが脳を貫く。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
肉が痛い、骨が痛い、喉が痛い、鼻の奥が痛い、眼球が痛い、
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
傷みが、何もかもを赤く、赤紫に染める。
≪―――― 来い ――――≫
--------------------------------------------------------------------------------
来い、と呼ばれている。
ああ、呼ばれている。
その声が、『何もかも』を作り替えるように天音を支配する。
肉を潰してこねまわすように、別の何かに形を変えようと、別のどこかに引きずり込もうとする。
≪呼ぶ、この俺が呼ぶ。聞こえるだろう。俺の元へ来い≫
響く、声に意識〈こころ〉を埋め尽くされる、
アスファルトの地面が消失し、周りは、『赤』で埋め尽くされている。
まるで、『血液』の中に放り込まれたように感じた。
いや、
(あぐぅ…)
苦痛を感じ、身を捻る。
あったはずの地面が無い。
≪―――― 来い、『果たす者』よ! ――――≫
赤い、赤い何かに呑まれるように天音は落ちていく。
***
「やはり呼んだか――――、秋守…」
片目を隠す黒髪を書きあげて青年――正佳は小さく呟く。
そこにあったものは、落胆でも喜びでもない。
「ようこそ、『天音』――――、鬼の娘よ――――」
正佳は、夜明け間近の星煌めく夜空に向かって――――そう微笑んだ。
牙をむき出し跳躍したであろう、獣の気配を感じ身をすくめる。
ざんっ!と鈍い音と、獣の咆哮、次々と獣が切り伏せられ、獣の口から上がる絶叫。
赤紫の光を纏う『式』が、ちらりと秋守を見据える。
「………」
その視線を受け止め、ぐっと息を呑む。
(俺も式鬼を呼んで、戦力を均衡させる…)
迷っている暇は無い。
符に力を籠める。
赤紫色に符が『灯る』。
男、秋守の周りに四つの環が現れる。
この世界の五つの力を現す環のうちの四つ。
一つ、金の魚。
一つ、青の蛇。
一つ、黒の獣。
一つ、赤の人。
この四つと、『白の神』で呪術師の『術』は構成されている。
『式鬼』は、『 妖あやかし』に付随する『鬼』。
この世のモノでない、魔物。
リンっと何処からか、鈴の音が響く。
(呼ぶ、この俺が呼ぶ。聞こえるだろう。俺の元へ来い。)
符に灯った光が激しく燃え上がり、上空へと伸びる。
秋守に襲い来る獣を宵闇は切り伏せ、秋守の時間を稼ぐ。
代わる代わる牙をむく獣達の中で、一体だけまったく動かずにその様子を見ていた。
「来い、『果たす者』よ!」
そして、秋守は伸び、消え行く光に向かって叫んだ。
――― 何があっても、『式鬼』は呼ぶな。いいな。 ―――
正佳の言葉が脳裏を過ぎたが、上空に上った光が地上に舞い戻り環を描く。
『式鬼』が現れる瞬間、正佳の言葉はかき消えた。
頭、両腕、胴、両足のヒト形。横長な四角と、長い棒のようなもので先端が幅広く何かに覆われているような膨らみとそれを留めているであろう紐のような長細い2本の光の形が現れる。
赤紫の光に包まれた、ヒトの姿の『式鬼』。
うっすらと、秋守の呼び出した『式鬼』が瞼を上げる。
ぐらりと、『式鬼』の身体が揺れる。
獣を切り裂く音と、獣の獰猛なうなり声、咆哮---そして、『女』の悲鳴。
ドサッと二重に響く音と、鈴の音、カランと落ちる何か。
「きゃぁっ!」
赤紫の光を纏いながら、地に降り立った『娘』は着地に失敗してよろけて尻から倒れた。
「う…ぃたぁ…」
尻を強く打った娘は、顔を歪ませて、そして目の前に居た秋守をその黒い眼で見た。
きょとんとして、娘は首を捻り、周囲を見渡し、秋守を見て微笑んだ。
「えっと、こんばんわ?」
など、危機感の無い言葉をその可愛らしい唇から紡いだ。
得体の知れない上着を着て、その下の下着のいくつもの折り目の付いたひらひらとした布が、腰に巻き付いてる。
その腰巻から恥ずかしげなく伸びる足。
(…………)
秋守は、とりあえず額に手を置いて、考えた。
***
「じゃあ、俺が好きだって言ったら、付き合ってくれる?」
そう天音をまっすぐ見つめて言った。
対して天音はその言葉にぽかんとして透を見つめた。
「え?」
それだけしか、彼に言葉を返すことができなかった。
だって、
「え?」
だって、…だって、
「透君、彼女いるでしょう?」
そうでしょう?
「違う。付き合ってないんだ、本当は―――」
意味がわからない。
なら―――
(だって、彼女って―――)
天音は『桜妃』に触れ素振りをしたことで切り替えた気持ちを一瞬にして塗り替えられ、混乱した。
そう、
「本当は、ずっと―――」
だって。
ずっと、
ずっと、
「天音のことが好きだ…」
(透君が、好きだった―――)
驚いて、驚きすぎて、顔をゆがめる。涙がでる。
うれしいとかではない。
(どうして、今?)
どうしたらいいのだろう?どうすればいいのだろう―――。
動いた足、振り上げた鞄、透が天音の腕を掴もうとして空を掴む。
天音は、脱兎のごとく逃げだした。
背中から、透の声と追いかける足音が聞こえる。
だけど、もっと激しく鳴るのは――心音。
(っわ、私っ)
混乱して、道路を無茶苦茶に走る。街灯に照らされた道路。
そして、ふと―――街灯が消えた。
けれど、天音はそのことに対して気にしている余裕もなく…真っ暗の闇の中、天音は後方より追いかけてくる透の声を聞く。
けれど、逃げたくて―――闇の中がむしゃらに走る。
その闇が空けるような、赤紫の光が目の前ではじけた。
「!?」
叫び声が音にならなく、身体を強力な力で引っ張られる。
思わず来た道へ逃げかえろうと身を捻る―――と、
≪呼ぶ。『この』、俺が呼ぶ――――≫
心臓を――魂を鷲掴みにされたように、息が止まる。
苦しい、苦しい―――。
息ができない。
首を絞めつけられているわけでもないのに、苦しい。
いや、まだ、首が締め付けられている方がいいのではないかと―そう思わせるような、体中に感じる圧迫感。
身体の中がめちゃくちゃに熱く、身体全体が痛い。まるで身体中を粘度をこねるように『作りかえられている』ような―――不可解な傷みが脳を貫く。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
肉が痛い、骨が痛い、喉が痛い、鼻の奥が痛い、眼球が痛い、
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
傷みが、何もかもを赤く、赤紫に染める。
≪―――― 来い ――――≫
--------------------------------------------------------------------------------
来い、と呼ばれている。
ああ、呼ばれている。
その声が、『何もかも』を作り替えるように天音を支配する。
肉を潰してこねまわすように、別の何かに形を変えようと、別のどこかに引きずり込もうとする。
≪呼ぶ、この俺が呼ぶ。聞こえるだろう。俺の元へ来い≫
響く、声に意識〈こころ〉を埋め尽くされる、
アスファルトの地面が消失し、周りは、『赤』で埋め尽くされている。
まるで、『血液』の中に放り込まれたように感じた。
いや、
(あぐぅ…)
苦痛を感じ、身を捻る。
あったはずの地面が無い。
≪―――― 来い、『果たす者』よ! ――――≫
赤い、赤い何かに呑まれるように天音は落ちていく。
***
「やはり呼んだか――――、秋守…」
片目を隠す黒髪を書きあげて青年――正佳は小さく呟く。
そこにあったものは、落胆でも喜びでもない。
「ようこそ、『天音』――――、鬼の娘よ――――」
正佳は、夜明け間近の星煌めく夜空に向かって――――そう微笑んだ。
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