ゆっくりと、彼女は瞼を開ける。
赤紫の光が身を優しく包む。
その光を温かい――と感じ、そして胸の奥が熱くなる。
焦がれるように、求めるように、身体がぐらりと傾く。

目の前に、砂利の様な小石が見える、というよりもぐんぐん視界に迫る。
そう天音が認識し気がついた時、彼女は悲鳴を上げて咄嗟に受け身をとり、尻から地面に落ちた。
天音の鞄と、カランと音を鳴らして彼女の側に何かが落ちた。

「う…ぃたぁ…」

じゃりっと小石の音が耳に着く。
尻を強く打った天音は、痛みで顔を歪ませて、そして目の前に居た――どこか呆けた顔をした男をきょとんとして見た。

(え?)

その男の風貌からは、あまりにも『現代』とかけ離れていた。
着崩した、ぼろ布の様な着物。
擦り切れた草履。

天音は首を捻り、周囲を見渡した。
砂利の敷き詰められた地面と、目の前の男―――そして、闇しか捉える事が出来なかった。
暗闇の中、どうして目の前の男を認識できているのか?
灯りなど、どこにもないのに…。
自分が輝いていることに思い至らず、疑問に思いながら――目の前の男を呆然と見つめる。
男の視線と、天音の視線が混じり合い、突如、脳裏に言葉が響く。

 果たせ、と。

告げられた言葉に、疑問がストンっと抜け落ちるように『何かが』心に居座った。



脳が理解するよりも早く天音は『何か』の喉に光る己の手刀を立てる。
その時初めて、暗闇の中で灯りが無いのに…、その疑問が解けた。
天音が光っていたのだ。
ぎゃふっと鈍い音と共に鼻先に伸びる生暖かく湿った物。それが『獣』の舌だという事に気がついたのはもっと後。『何か』が、獣だという事に気がついたのはさらに後。
天音は身を起こす。
今の一瞬で獣たちが天音に僅かばかり『距離』を取った。なぜ?と思うよりも早く、一つの影--男が獣を斬り伏せる。
手には刀。
視界にとらえた途端、違和感を感じた。

脳裏に警笛の様に響く声。
けれど言葉は捉えられない。何を言われているのか理解できない。
獣の咆哮と、刀を持つ男が天音を守るように獣を切り捨てた。
間合いを取り、獣たちは天音と彼女を守るように牙を向けた。天音はビクリと身体を震わせ頭を抱え、

(あ、あぁぁ)

混乱する意識の中、ただ、うるさく『告げられる』。


戦え、と。
護れ、と。


果たせ、と。


「くそっ。役立たずが!!!!」
震える天音に、男の罵声が飛ぶ。
じわじわとなぶる様に獣たちが、天音たち三人に迫る。
牙をむく。

そんな獣を、混乱する頭でふと昔を思い出した。

あの時も、---幼かったあの時も…。
こんな気持だった?
今では可愛く感じる犬も、あの頃はお化けのような存在だった。
歪んだ顔。
逃げても、逃げても追いかけてくるそれ。

忘れていた、『恐怖』が蘇る。
ナゼ?今?
どうして?
もう、平気なのに?!

「わ…わたしっ」
男に一方的に怒鳴られ、ガクガクと震える。
そんな天音に苛立ちを覚えるのか、男は怒声を上げる。
「震えるな、黙れ!息を吸うな!役ただず!!!!」
あまりにも理不尽な男の八つ当たりの矛先となっている天音。
もう一人の刀を構える男はただ獣達を見据える。

じりじりと間合いを詰めてい来る獣に、天音は叫ぶ。

「わ、私を食べても美味しくないです~~~~~~!!!わ、私は朱音と違ってお魚中心の食事が大好きで、こう、出るトコも出てないし、まっ平らってよく言われるし!!でもでも、これでも身体は柔らかい方なんですよ?!柔軟体操を毎日してるし、私的には女の子はぽっちゃりしている方がかわいいと思うんです!!!そこのところどうなんでしょうか!!」

熊に会ったら死んだフリ。
そんな言葉が頭をよぎったが、本能で食い殺されるかも…と感じ思いのうちを吐き出した。
その言葉に、若干のコンプレックスが混じっていることに彼女は気づいていないが。

「………、一つ聞いていいか?」

低く、とても低い男の声が天音の耳に届いた。
いや、鼓膜を振るわせた、と言っていい。

「は、はい?」
「誰に言ってんだ?お前…」
「えっと、狼さんたちに…」
指先を獣に向けた。
「そうか、なら」
そこで、男は始めて娘に笑みを浮べた。凶悪な。

「俺のために食われて来い!!!!!!」

がしっと襟首を掴みそのまま天音を獣の中に放り込んだ。
「ひぃきゃぁぁぁ!!!」
悲鳴と、獣の咆哮。
刀を持った男は、刀を構えて天音に牙を向く獣に向かおうとした。が、男が声を荒上げる。
「逃げるぞ!!!」
獣の気が紛れているうちに、距離を稼ぎたい。
刀を持つ男にそう促すと、獣の絶叫が辺りに響いた。


***


 柔からく、獣臭い中に放り込まれた天音。
柔らかい肉に牙を立てようとその口々が迫る。

死ぬーーーー、そう天音は今度こそ『終わり』に震えた。
が、倒れた瞬間指先に触れる『何か』。
長い、棒のようなーー。

それを握り締め、天音は力いっぱい振り上げた。
棒の上に乗っていた獣が振り上げられる。
身体が無意識に刃を包む布を解く。
身体が信じられないくらいに軽く感じる。
手にした『薙刀』を振り斬り、数体の獣の胴を払う。
生暖かい何かが飛び散る。

獣達の絶叫ーー。
天音の意識は、ただ、うるさく『告げられる』。


戦え、と。
護れ、と。


果たせ、と。



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