揺らめく瞳は赤紫に輝く。
目の前の『敵』を見据え、刃を振るう。
ざっと地面を滑るように軽い足取りで天音は動く。
跳躍し牙をむく獣を柄の尻で喉を打ち、その反動で正面より牙をむく獣を刃で切り裂く。
隙を突くように獣が天音に飛び掛る。
が、刃の一閃により絶鳴を上げ地に落ちる。
天音の背ーー死角をを護るように、刀を構える男。
互いがすべきことを理解し、互いの隙を埋める。
互いが庇いあい、時には逃れるように逃げる男を助けた。
ざんっと最後の一体を宵闇が切り伏せ、天音はプツリと意識の集中が途切れ、崩れるように地に座り込んだ。
「………」
ぼうっとした視線で手にした武器を置き、周囲に屍となった獣に手を合わせた。
この手で、屠った命。
初めての真剣を生き物に使った。試合ではない。
手の中の薙刀の重さが、霞がかった意識をクリアにさせる。
糸の切れた、人形。
一言で言えばそれだ。
天音は、呆然としながらもまず人としてやるべきこと、言うべきことを思い出す。
「迷わず成仏してくださいね」
どのような存在であれ、死者には敬意を。ふぅっと息をつき、刀を鞘に収めた男をを見上げ、
「危ないところをありがとうございました」
と微笑みながらぺこりと頭を下げた。
とたん、ごっと、後頭部に鋭い痛みが走る。
「おい…、ふざけるな。戦えるなら、何でさっさと戦わない!!!!危うく死にかけただろう!!この俺が!!」
「ぃう…」
ずきずきと痛む後頭部を押さえながら、娘は顔を上げた。
睨む秋守に涙を溜めた目で訴える。
「…いきなり殴るなんて…酷いです…っ」
「酷くねえ、酷くねえ!これっぽっちも酷くねえ!」
瞳を潤ませて、恨みがましく男をを見上げた。
その男が一瞬身体を震わせ、顔を歪ませた。
刀を持つもう一人の男の手をとり、男は天音から離れる。
「あ、あの!?」
「付いてくるな」
「えっ、あの!?すみません、ここ、どこですか??あの、私、家に帰る途中で――」
ここは、――― どこなんですか?
「あのっ、すみませんっ。わたし、自宅は珊和町《さんわちょう》の下山《しもやま》ニ丁目の四八九番地で、むら、村山《むらやま》――」
かすかに周囲を照らしていた光は、気が付いたら消えていた。
今は闇の中―― 暗闇の中だというのに…。
天音は周囲をせわしなく見回す。
暗闇の中、不思議と――― 周囲が『見えて』いた。
「村山《むらやま》、天音《あまね》といいますっ。あの、ここは、珊和町のどの辺り…」
立ち止まった男が、ゆっくりと天音に振り返る。
引きつった顔をしながら、
「…、なんて、言った?」
「え?ええっと、私、村山天音です?」
首をかしげながら、疑問系で男に問う。
自分は村山天音――間違いなく、村山天音だ。
なぜか、自分という存在が宙に浮いているようで『何故』か恐ろしくなった。
すると、男はぶんぶんと頭を振りながら叫んだ。
「ちがーーーーーーーーーーーう!その前だ!!」
「え?え…、珊和町下山二丁目四八九番地?」
「……自宅って、言ったか?」
天音は、男が何故そんなに驚いているのか理解できずとりあえず頷く。
男の顔から血の気が引き青ざめる。
そして、
「くそっ!!!正佳の野郎っ!!!!!こうなるってわかってやがたなぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
絶叫した。
うっすらと赤紫色に発光する宵闇を先頭に暗闇の中を進む。
地面には角ののつるつるとした石が敷き詰められている。
じゃりじゃりと音を立てながら、天音と二人の男の三人はただ無言で歩いていた。
男の背を見ながら暗闇に怯え、それでも男に何らかの感情を――天音はなぜか男を信頼できる、そう感じた。
それが、呼び出された上で『作り替えられた』感情だと知らずに。
手にした薙刀はしっとりとなじみ、闇の中で天音を―三人を見る得体の知れないもやの様なものを警戒しながら進む。
闇の中に、灰色のもやが見える。
初めてそれを見たとき、天音は己の目を疑った。
何度もこするが、うごめくもやは消えず――。
(……私、どうしちゃったのかな…)
黒い獣と戦って、男にいわれなき暴言を吐かれ、変なもやが見える。
まるで、夢でも見ているかのようだ。
けれど、初めて薙刀を多苗より渡された――あの時の重さ、感触が――手にある薙刀と同じものであり、真剣のその輝きは夢ではないとはっきりと認識できた。
どのくらい歩いたのか…。
夜は明けたのか…。
暗闇の中では全く時間の感覚がない。
学生服に合わせた靴は長時間の歩行には不向きだったようで、足の平ににぶい痛みが走る。
疲れた――そう、男に伝えたい。
だが、声が喉から出ない。
小さく息を吐くだけの口。
ふと、男が癇癪を起したように頭をかきむしり始めた。
その様子がどこどこなく小さな子供の――デパートで駄々をこねる――様で、笑いがこみあげてきた。
けれど、この人は笑ったら怒るだろう。
烈火のごとく喚くだろう。
短い間、男を見ていた天音はなんとなく彼をそんな人間だろう――そう感じた。
かきむしる男のうなじに生々しい古傷を見つけ、天音は息をのんだ。
刀傷の様な、ひきつれた痕。
その傷を見ると、心臓を締め付けられるように心が痛んだ。
その傷がまるで訴えてくるように感じられた。
護れ、と。
覚悟を決めたように息をのみ気を取り直し、天音はできるかぎりの明るい表情で声をかける。
「髪の毛、痛みますよ?」
「………っ」
ぴたりと足を止め、暗闇の中で男は天音を睨む。
天音はと慌てて謝罪した。
(っうう)
感じていたことがあたったと小さく落ち込んだ。
どうやら、男は天音が気に入らないらしい。
男は天音のことが目ざわりという風にふんっと鼻を鳴らし、先に進む男の後を追いかける。
「……、あのっ。すみません…!」
声を上げる天音に、男は振り返らずずんずんと進む。
慌てて天音は男に追いすがる。
置いていかれる――もとい、置いていくつもりなのだろう。
歩く速度が次第に速くなる。
傷む足の平をごまかして、天音は男を追いかける。
不意に、男は足を止めて振り返る。
視線が合い、
「なんで付いてくる?」
「え?…えっと」
言い淀みながら、苦笑いを浮かべた。
実際のところ、天音にもよくわからない。
暗闇が怖い、変なもやが見える、知らない場所だから、さっきの黒い獣が襲ってきたら怖い、など上げ始めたらきりがない。
そんなことよりも、『付いていけばいい』とまるで何かに指示されているように感じた。
それが男についていく理由だ。
けれど、不機嫌すぎるこの男になんて言えばいい?
天音は考えながら、言葉を選ぶ。
「周りが真っ暗ですよね?やっぱり灯りのあった方が安全かなぁっと思いまして…」
のんびりとした口調で男に告げる。
男はむっと眉を動かし、じっと天音を見つめた。
そんな男を天音もまた、見つめ返した。
時代劇の世界に出てくるような人だ、と。
着崩した、ぼろ布の様な着物。
擦り切れた草履。
まるでちょっとした町の悪人(ゴロツキ)のような感じだ。
もっと年上かと思ったが、もしかしたら意外に若いのかもしれない。
男が苦虫をかみつぶしたように息を吐く。
その一動作に天音は微かに震える。
また何か言われるのか――。
そんな不安があった。
だが、天音の手にしている薙刀に視線を向けた。
「それは、お前のものか?」
「え?ああ、薙刀ですか?多苗先生のところにある大薙刀と対になるものらしいです」
薙刀の事を問われ、天音は柔らかく微笑んで、愛しそうに薙刀の柄を撫でた。
目の前の『敵』を見据え、刃を振るう。
ざっと地面を滑るように軽い足取りで天音は動く。
跳躍し牙をむく獣を柄の尻で喉を打ち、その反動で正面より牙をむく獣を刃で切り裂く。
隙を突くように獣が天音に飛び掛る。
が、刃の一閃により絶鳴を上げ地に落ちる。
天音の背ーー死角をを護るように、刀を構える男。
互いがすべきことを理解し、互いの隙を埋める。
互いが庇いあい、時には逃れるように逃げる男を助けた。
ざんっと最後の一体を宵闇が切り伏せ、天音はプツリと意識の集中が途切れ、崩れるように地に座り込んだ。
「………」
ぼうっとした視線で手にした武器を置き、周囲に屍となった獣に手を合わせた。
この手で、屠った命。
初めての真剣を生き物に使った。試合ではない。
手の中の薙刀の重さが、霞がかった意識をクリアにさせる。
糸の切れた、人形。
一言で言えばそれだ。
天音は、呆然としながらもまず人としてやるべきこと、言うべきことを思い出す。
「迷わず成仏してくださいね」
どのような存在であれ、死者には敬意を。ふぅっと息をつき、刀を鞘に収めた男をを見上げ、
「危ないところをありがとうございました」
と微笑みながらぺこりと頭を下げた。
とたん、ごっと、後頭部に鋭い痛みが走る。
「おい…、ふざけるな。戦えるなら、何でさっさと戦わない!!!!危うく死にかけただろう!!この俺が!!」
「ぃう…」
ずきずきと痛む後頭部を押さえながら、娘は顔を上げた。
睨む秋守に涙を溜めた目で訴える。
「…いきなり殴るなんて…酷いです…っ」
「酷くねえ、酷くねえ!これっぽっちも酷くねえ!」
瞳を潤ませて、恨みがましく男をを見上げた。
その男が一瞬身体を震わせ、顔を歪ませた。
刀を持つもう一人の男の手をとり、男は天音から離れる。
「あ、あの!?」
「付いてくるな」
「えっ、あの!?すみません、ここ、どこですか??あの、私、家に帰る途中で――」
ここは、――― どこなんですか?
「あのっ、すみませんっ。わたし、自宅は珊和町《さんわちょう》の下山《しもやま》ニ丁目の四八九番地で、むら、村山《むらやま》――」
かすかに周囲を照らしていた光は、気が付いたら消えていた。
今は闇の中―― 暗闇の中だというのに…。
天音は周囲をせわしなく見回す。
暗闇の中、不思議と――― 周囲が『見えて』いた。
「村山《むらやま》、天音《あまね》といいますっ。あの、ここは、珊和町のどの辺り…」
立ち止まった男が、ゆっくりと天音に振り返る。
引きつった顔をしながら、
「…、なんて、言った?」
「え?ええっと、私、村山天音です?」
首をかしげながら、疑問系で男に問う。
自分は村山天音――間違いなく、村山天音だ。
なぜか、自分という存在が宙に浮いているようで『何故』か恐ろしくなった。
すると、男はぶんぶんと頭を振りながら叫んだ。
「ちがーーーーーーーーーーーう!その前だ!!」
「え?え…、珊和町下山二丁目四八九番地?」
「……自宅って、言ったか?」
天音は、男が何故そんなに驚いているのか理解できずとりあえず頷く。
男の顔から血の気が引き青ざめる。
そして、
「くそっ!!!正佳の野郎っ!!!!!こうなるってわかってやがたなぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
絶叫した。
うっすらと赤紫色に発光する宵闇を先頭に暗闇の中を進む。
地面には角ののつるつるとした石が敷き詰められている。
じゃりじゃりと音を立てながら、天音と二人の男の三人はただ無言で歩いていた。
男の背を見ながら暗闇に怯え、それでも男に何らかの感情を――天音はなぜか男を信頼できる、そう感じた。
それが、呼び出された上で『作り替えられた』感情だと知らずに。
手にした薙刀はしっとりとなじみ、闇の中で天音を―三人を見る得体の知れないもやの様なものを警戒しながら進む。
闇の中に、灰色のもやが見える。
初めてそれを見たとき、天音は己の目を疑った。
何度もこするが、うごめくもやは消えず――。
(……私、どうしちゃったのかな…)
黒い獣と戦って、男にいわれなき暴言を吐かれ、変なもやが見える。
まるで、夢でも見ているかのようだ。
けれど、初めて薙刀を多苗より渡された――あの時の重さ、感触が――手にある薙刀と同じものであり、真剣のその輝きは夢ではないとはっきりと認識できた。
どのくらい歩いたのか…。
夜は明けたのか…。
暗闇の中では全く時間の感覚がない。
学生服に合わせた靴は長時間の歩行には不向きだったようで、足の平ににぶい痛みが走る。
疲れた――そう、男に伝えたい。
だが、声が喉から出ない。
小さく息を吐くだけの口。
ふと、男が癇癪を起したように頭をかきむしり始めた。
その様子がどこどこなく小さな子供の――デパートで駄々をこねる――様で、笑いがこみあげてきた。
けれど、この人は笑ったら怒るだろう。
烈火のごとく喚くだろう。
短い間、男を見ていた天音はなんとなく彼をそんな人間だろう――そう感じた。
かきむしる男のうなじに生々しい古傷を見つけ、天音は息をのんだ。
刀傷の様な、ひきつれた痕。
その傷を見ると、心臓を締め付けられるように心が痛んだ。
その傷がまるで訴えてくるように感じられた。
護れ、と。
覚悟を決めたように息をのみ気を取り直し、天音はできるかぎりの明るい表情で声をかける。
「髪の毛、痛みますよ?」
「………っ」
ぴたりと足を止め、暗闇の中で男は天音を睨む。
天音はと慌てて謝罪した。
(っうう)
感じていたことがあたったと小さく落ち込んだ。
どうやら、男は天音が気に入らないらしい。
男は天音のことが目ざわりという風にふんっと鼻を鳴らし、先に進む男の後を追いかける。
「……、あのっ。すみません…!」
声を上げる天音に、男は振り返らずずんずんと進む。
慌てて天音は男に追いすがる。
置いていかれる――もとい、置いていくつもりなのだろう。
歩く速度が次第に速くなる。
傷む足の平をごまかして、天音は男を追いかける。
不意に、男は足を止めて振り返る。
視線が合い、
「なんで付いてくる?」
「え?…えっと」
言い淀みながら、苦笑いを浮かべた。
実際のところ、天音にもよくわからない。
暗闇が怖い、変なもやが見える、知らない場所だから、さっきの黒い獣が襲ってきたら怖い、など上げ始めたらきりがない。
そんなことよりも、『付いていけばいい』とまるで何かに指示されているように感じた。
それが男についていく理由だ。
けれど、不機嫌すぎるこの男になんて言えばいい?
天音は考えながら、言葉を選ぶ。
「周りが真っ暗ですよね?やっぱり灯りのあった方が安全かなぁっと思いまして…」
のんびりとした口調で男に告げる。
男はむっと眉を動かし、じっと天音を見つめた。
そんな男を天音もまた、見つめ返した。
時代劇の世界に出てくるような人だ、と。
着崩した、ぼろ布の様な着物。
擦り切れた草履。
まるでちょっとした町の悪人(ゴロツキ)のような感じだ。
もっと年上かと思ったが、もしかしたら意外に若いのかもしれない。
男が苦虫をかみつぶしたように息を吐く。
その一動作に天音は微かに震える。
また何か言われるのか――。
そんな不安があった。
だが、天音の手にしている薙刀に視線を向けた。
「それは、お前のものか?」
「え?ああ、薙刀ですか?多苗先生のところにある大薙刀と対になるものらしいです」
薙刀の事を問われ、天音は柔らかく微笑んで、愛しそうに薙刀の柄を撫でた。
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