「天音《あまね》、明後日台風来るんだって…」
うんざりした声が上がる。
セミロングの髪を後ろで結い上げ、テニスウェアに身を包む少女。
テニスラケットを構え、素振りをしながらフェンス越しの少女に言葉を投げかける。
少女――天音は空を見上げ、
「こんなに晴れているのに…、台風かぁ」
ぽつりと、言葉を漏らした。
フェンス越しに、髪型、肌色、服装違えど二人の少女は瓜二つだった。
ブレザー姿の天音は視線を素振りをする少女に向けた。
「朱音《あかね》、今日は先生のところに行くからお母さんに夕食はいらないって伝えておいて」
「うん、わかった~。もうすぐ薙刀の大会かぁ!あたし、お弁当持って応援しに行くよ!!」
バッと天音に振り向き、満面の笑顔で少女-朱音は声を上げた。
「うん!がんばるね」
柔らかく微笑む天音。
「あかねー!次、コート!」
ぶんぶんと数メートル先に待機していた女子テニス部員が声を上げ、
「おおっと、いかんいかん!天音ごめんね!練習行くね!」
「ううん。伝言のお願いだけだったし、邪魔してごめんね。朱音!がんばってね」
ラケットを上げて、笑う朱音に天音は満面の笑みをかえした。
夕和《ゆうわ》県立高等学校。
彼女二人が通う、学校の名で、再来年には母校になるだろう。
鞄を取りに教室に向かう際に、進路指導室の資料室に天音はより目ぼしい大学のパンフレットを貰う。
とりあえずは、滑り止めも考えて三校受験するつもりだ。
双子の姉である朱音は、明るすぎるほど明るく、スポーツ万能・成績優秀・非の打ち所もない優等生だ。
性格に難があるが…。
それでも、先輩・後輩から慕われクラスでも中心的存在である。
そんな姉を持つ天音は、姿が瓜二つでもハイテンションな朱音とは違いのんびりとした性格だ。
穏やかで、成績も中の上、スポーツは体が柔らかいことと幼い頃からならている武芸くらいしかとりえは無い。武芸といっても、剣道や柔道など激しい運動ではなく、かといって弓道のような精神集中を要するものでおない。比較するなら、まあ…剣道に近いだろう。
「薙刀がある大学って、わずかね…。県外ばっかり…。朱音、進路まだ決まってないみたいだけど…さすがに今回は別々かしら…」
溜息をつきながら、心底残念そうに苦笑いを浮かべる。
姉の朱音は、小学校はバレー、中学校は陸上、高校はテニスと幅広くスポーツをこなしている。
その上で、一番好きなスポーツは野球という。
いつだったか、男子の野球部にマネージャーでなく部員として入部させろ!と校長室に乗り込んだこともあった。野球がやりたくて学校に入ったのにぃぃぃ!!と校舎中にその絶叫を響かせたことは今でも語り継がれている。
(まあ、入学した後に女子野球部が廃部になったら、朱音も起こるわよね…。野球やりたくて学校を選んだのに…)
ふぅと息をつく。
手にした大学のパンフレットを見て再び息をつく。
(県外……)
教室にたどり着き、帰宅の準備する。
鞄の中にペンケースと予習の為のテキスト、大学のパンフレットと入れ込む。
学校近くのバス停より、バスで二十分。
雑木林に囲まれた『橋本』と書かれた表札の付いた旧家の門をくぐる。
「こんにちわ萌《もえ》さん。先生いらっしゃいますか?」
門の傍で木の葉を竹ぼうきで集めていた初老の女性-萌に天音は微笑ながら聞いた。
この橋本家の『母』と言える女性だ。
「こんにちは、天音ちゃん。多苗《たなえ》なら蔵の方にいるよ」
「? ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をして、蔵の方に向かう。
(蔵??)
いつもならば、道場か屋敷の居間で茶を飲んでいる時間だ。
天音は不思議に思いながらも、蔵への向かう玉砂利の敷かれた路を歩く。子供のころよりこの屋敷を遊び場のように駆け回っていた。勝手知ったる他人の家だ。
しばらくして、天音は古ぼけた蔵の前に立つ。
重い扉は開かれていて、中でがさごそと音が聞こえた。
「先生~?多苗先生??」
入口からちょこんと中を覗き込むと、
「ん?ああ、天音。良い所に!!ちょっと助けて~~~」
ひぃーと、情けない悲鳴が上がる。
うす暗く羅の中に入ると、胴着と袴を着た髪の長い女性が崩れた荷物を直そうと、荷物を動かし、動かしたところから荷物が崩れていく。
「? 何していらっしゃるんですか?」
首をかしげ天音は女性――多苗を見た。
多苗はひぃひぃと粗い息を上げて、
「さ、探し物、してたら、いきなり上から、荷物が、そしたら、いいから!助けなさい!!」
「あ、はいっ…!!」
でも、どうしたら?と、首をかしげる。
荷物を取ったら崩れそう…。
「多苗先生、とりあえず荷物を出してからきちんと片づけましょう」
そう言って、天音は手にしていた鞄を蔵の脇に置き、制服の上着を脱いでブラウスの袖をまくった。
***
「はー。助かった、たすかった…」
ぐったりして多苗は胴着を手で叩く。天音も同じように制服をたたいた。
「あーあ。天音、制服で蔵のモノをいじるから。ブラウス真っ黒じゃないの」
呆れたような声が上がる。
元は、多苗の助けろから始まったというのに全く責任を感じていない言いようだ。
「そうですね。でも、洗えば大丈夫ですよ」
自分のありさまを見て苦笑いを浮かべる少女に、多苗はそうだそうだと立てかけてあった『ソレ』を渡す。
「…? これは?」
「うちの家宝。蔵に押し込めてたのすっかり忘れてて、昼に思い出して漁ってみた」
悪戯っ子のようににやりと笑い、
「実際に、『使われていた』モノらしいからね。重いでしょう?」
「はい…。真剣の付いた薙刀、…これって、もしかして…。大薙刀《おおなぎなた》…ですか?」
大薙刀とは、刀身がニ尺ほど、柄が七尺を超えるものの事を言う。
光悦とした表情で、天音はその薙刀を手にしている。
「そう。大薙刀。ちなみに、あげないからね?」
「…ですよね~。あははは、残念です」
軽く笑いながら、瞳を伏せ薙刀を多苗に返す。
多苗は渡された薙刀を受け取り、
「うちに嫁に来たら上げるわよ」
とウィンクをする。
天音は苦笑いを浮かべ、
「それは、とても…残念です…」
と苦笑いを浮かべた。
ここ、橋本家は『橋本流薙刀術』を教える道場を営んでいる。
その現、師範の多苗は母屋に天音を招きお風呂を進めた。
「さっぱりして、ご飯にしましょう!」
胸を張る彼女に、天音は御馳走になります~。とにこやかに声を上げる。
「萌さんのお料理美味しくて大好きです!」
多苗に渡された浴衣を手にしてそういうと、
「…ばあちゃんの料理は魚ばっかだろう。あーあ、たまには肉が喰いたい」
女二人が、きゃっきゃと声を上げている真後ろで、皮肉気につぶやかれる声。
あっと天音が声を上げて挨拶をしようと頭を下げた瞬間、
「まーた、そんなこと言って!だから透《とおる》は背が伸びないのよ!かーさんの魚料理美味しいじゃない!」
びしっと多苗に指をさされる少年――透。
黒の学生服に、手にした竹刀と胴着。
きつめの眼差しが天音に向けられ、すぐさま逸らされる。
「こーら!!透。ちゃんと挨拶なさい!天音に失礼でしょう!」
「いたたたいた!耳ひっぱるなよっ!」
「お母さんの言う事聞けないんじゃ、こんな耳!いりません!」
ぎゅぅぅぅと摘みあげると、悲鳴にも似た懇願が響く。
「いたいたいよぉ!!わかった、わかったから!!!」
透のその言葉にぱっと手を離し、多苗はよしっと頷く。
「はい、挨拶」
「どーも。こんばんは」
「こんばんは、透君。お邪魔しています」
ぺこりと頭を下げる天音と、ぶっきらぼうにつぶやく透。
「じゃあ、天音。お風呂入ってきなさい、透!覗いたら叩くから」
拳を握りしめてぐっと前に押し出す。
引きつった顔で透が、「誰が見るか!それにそれじゃあ殴るの間違いだろう!!」と悲鳴を上げた。
「透君…、竹刀持ってたなぁ…」
橋本透。
同い年の男の子であり、天音の兄弟子である。
天音が中学二年生の時に、薙刀を止め道場の近くにある剣術道場に通い始めた。その時のショックは今でも忘れられない。多苗は苦笑いを浮かべて天音に言った。
『男の子だから、複雑なのよ…』
と。
平安のころは薙刀は男子が扱っていた武器だったが、時代の流れで女子が扱う武器としてイメージが定着してしまったからのか…。
薙刀をやめる、と天音に伝えた際に透はこういった。
『剣道の方が、かっこいいだろっ』
少し怒りながらだったが…。
(薙刀だって、かっこいいわ…)
あの時から、ずっと思っている言葉。
でも…、と天音は湯船のお湯の揺らぎを見つめる。
「それに透君は…薙刀をやっていたころの方が…」
(―――もっとかっこいい、…よ)
ぽつりとつぶやかれた言葉は、最後まで喉から出ることはなかった。
埃を洗い流し、十分に温まった身体を用意されたタオルでふく。
さっと浴衣を着こみ、濡れた髪をドライヤーで乾かす。
「…、これでいいかな?」
洗面台で姿をチェックして、風呂場から出た。
以前は門下生がたくさんいたのであろう。昭和・平成と、時代によってだんだんと門下生――人が離れて行ってしまった。
この屋敷は、まだ当時多くの門下生がいた名残があり天音の使った風呂場も何人も一緒に入ることができるように大きめに作られていた。
脱衣所から出てきた天音は、食事の準備を手伝っていた透に声をかけた。
「あ、透君。上がったよ。お次どうぞ~」
ぎょっとして身を引いた透に、きょとんとして首をかしげる。
透は、手にしたお盆を思ったまま「わ、わかった!!」と叫んで脱兎のごとく廊下を走り去る。
「……?」
ぽかんとして、天音は透の背を見つめた。
****
うんざりした声が上がる。
セミロングの髪を後ろで結い上げ、テニスウェアに身を包む少女。
テニスラケットを構え、素振りをしながらフェンス越しの少女に言葉を投げかける。
少女――天音は空を見上げ、
「こんなに晴れているのに…、台風かぁ」
ぽつりと、言葉を漏らした。
フェンス越しに、髪型、肌色、服装違えど二人の少女は瓜二つだった。
ブレザー姿の天音は視線を素振りをする少女に向けた。
「朱音《あかね》、今日は先生のところに行くからお母さんに夕食はいらないって伝えておいて」
「うん、わかった~。もうすぐ薙刀の大会かぁ!あたし、お弁当持って応援しに行くよ!!」
バッと天音に振り向き、満面の笑顔で少女-朱音は声を上げた。
「うん!がんばるね」
柔らかく微笑む天音。
「あかねー!次、コート!」
ぶんぶんと数メートル先に待機していた女子テニス部員が声を上げ、
「おおっと、いかんいかん!天音ごめんね!練習行くね!」
「ううん。伝言のお願いだけだったし、邪魔してごめんね。朱音!がんばってね」
ラケットを上げて、笑う朱音に天音は満面の笑みをかえした。
夕和《ゆうわ》県立高等学校。
彼女二人が通う、学校の名で、再来年には母校になるだろう。
鞄を取りに教室に向かう際に、進路指導室の資料室に天音はより目ぼしい大学のパンフレットを貰う。
とりあえずは、滑り止めも考えて三校受験するつもりだ。
双子の姉である朱音は、明るすぎるほど明るく、スポーツ万能・成績優秀・非の打ち所もない優等生だ。
性格に難があるが…。
それでも、先輩・後輩から慕われクラスでも中心的存在である。
そんな姉を持つ天音は、姿が瓜二つでもハイテンションな朱音とは違いのんびりとした性格だ。
穏やかで、成績も中の上、スポーツは体が柔らかいことと幼い頃からならている武芸くらいしかとりえは無い。武芸といっても、剣道や柔道など激しい運動ではなく、かといって弓道のような精神集中を要するものでおない。比較するなら、まあ…剣道に近いだろう。
「薙刀がある大学って、わずかね…。県外ばっかり…。朱音、進路まだ決まってないみたいだけど…さすがに今回は別々かしら…」
溜息をつきながら、心底残念そうに苦笑いを浮かべる。
姉の朱音は、小学校はバレー、中学校は陸上、高校はテニスと幅広くスポーツをこなしている。
その上で、一番好きなスポーツは野球という。
いつだったか、男子の野球部にマネージャーでなく部員として入部させろ!と校長室に乗り込んだこともあった。野球がやりたくて学校に入ったのにぃぃぃ!!と校舎中にその絶叫を響かせたことは今でも語り継がれている。
(まあ、入学した後に女子野球部が廃部になったら、朱音も起こるわよね…。野球やりたくて学校を選んだのに…)
ふぅと息をつく。
手にした大学のパンフレットを見て再び息をつく。
(県外……)
教室にたどり着き、帰宅の準備する。
鞄の中にペンケースと予習の為のテキスト、大学のパンフレットと入れ込む。
学校近くのバス停より、バスで二十分。
雑木林に囲まれた『橋本』と書かれた表札の付いた旧家の門をくぐる。
「こんにちわ萌《もえ》さん。先生いらっしゃいますか?」
門の傍で木の葉を竹ぼうきで集めていた初老の女性-萌に天音は微笑ながら聞いた。
この橋本家の『母』と言える女性だ。
「こんにちは、天音ちゃん。多苗《たなえ》なら蔵の方にいるよ」
「? ありがとうございます」
ぺこりとお辞儀をして、蔵の方に向かう。
(蔵??)
いつもならば、道場か屋敷の居間で茶を飲んでいる時間だ。
天音は不思議に思いながらも、蔵への向かう玉砂利の敷かれた路を歩く。子供のころよりこの屋敷を遊び場のように駆け回っていた。勝手知ったる他人の家だ。
しばらくして、天音は古ぼけた蔵の前に立つ。
重い扉は開かれていて、中でがさごそと音が聞こえた。
「先生~?多苗先生??」
入口からちょこんと中を覗き込むと、
「ん?ああ、天音。良い所に!!ちょっと助けて~~~」
ひぃーと、情けない悲鳴が上がる。
うす暗く羅の中に入ると、胴着と袴を着た髪の長い女性が崩れた荷物を直そうと、荷物を動かし、動かしたところから荷物が崩れていく。
「? 何していらっしゃるんですか?」
首をかしげ天音は女性――多苗を見た。
多苗はひぃひぃと粗い息を上げて、
「さ、探し物、してたら、いきなり上から、荷物が、そしたら、いいから!助けなさい!!」
「あ、はいっ…!!」
でも、どうしたら?と、首をかしげる。
荷物を取ったら崩れそう…。
「多苗先生、とりあえず荷物を出してからきちんと片づけましょう」
そう言って、天音は手にしていた鞄を蔵の脇に置き、制服の上着を脱いでブラウスの袖をまくった。
***
「はー。助かった、たすかった…」
ぐったりして多苗は胴着を手で叩く。天音も同じように制服をたたいた。
「あーあ。天音、制服で蔵のモノをいじるから。ブラウス真っ黒じゃないの」
呆れたような声が上がる。
元は、多苗の助けろから始まったというのに全く責任を感じていない言いようだ。
「そうですね。でも、洗えば大丈夫ですよ」
自分のありさまを見て苦笑いを浮かべる少女に、多苗はそうだそうだと立てかけてあった『ソレ』を渡す。
「…? これは?」
「うちの家宝。蔵に押し込めてたのすっかり忘れてて、昼に思い出して漁ってみた」
悪戯っ子のようににやりと笑い、
「実際に、『使われていた』モノらしいからね。重いでしょう?」
「はい…。真剣の付いた薙刀、…これって、もしかして…。大薙刀《おおなぎなた》…ですか?」
大薙刀とは、刀身がニ尺ほど、柄が七尺を超えるものの事を言う。
光悦とした表情で、天音はその薙刀を手にしている。
「そう。大薙刀。ちなみに、あげないからね?」
「…ですよね~。あははは、残念です」
軽く笑いながら、瞳を伏せ薙刀を多苗に返す。
多苗は渡された薙刀を受け取り、
「うちに嫁に来たら上げるわよ」
とウィンクをする。
天音は苦笑いを浮かべ、
「それは、とても…残念です…」
と苦笑いを浮かべた。
ここ、橋本家は『橋本流薙刀術』を教える道場を営んでいる。
その現、師範の多苗は母屋に天音を招きお風呂を進めた。
「さっぱりして、ご飯にしましょう!」
胸を張る彼女に、天音は御馳走になります~。とにこやかに声を上げる。
「萌さんのお料理美味しくて大好きです!」
多苗に渡された浴衣を手にしてそういうと、
「…ばあちゃんの料理は魚ばっかだろう。あーあ、たまには肉が喰いたい」
女二人が、きゃっきゃと声を上げている真後ろで、皮肉気につぶやかれる声。
あっと天音が声を上げて挨拶をしようと頭を下げた瞬間、
「まーた、そんなこと言って!だから透《とおる》は背が伸びないのよ!かーさんの魚料理美味しいじゃない!」
びしっと多苗に指をさされる少年――透。
黒の学生服に、手にした竹刀と胴着。
きつめの眼差しが天音に向けられ、すぐさま逸らされる。
「こーら!!透。ちゃんと挨拶なさい!天音に失礼でしょう!」
「いたたたいた!耳ひっぱるなよっ!」
「お母さんの言う事聞けないんじゃ、こんな耳!いりません!」
ぎゅぅぅぅと摘みあげると、悲鳴にも似た懇願が響く。
「いたいたいよぉ!!わかった、わかったから!!!」
透のその言葉にぱっと手を離し、多苗はよしっと頷く。
「はい、挨拶」
「どーも。こんばんは」
「こんばんは、透君。お邪魔しています」
ぺこりと頭を下げる天音と、ぶっきらぼうにつぶやく透。
「じゃあ、天音。お風呂入ってきなさい、透!覗いたら叩くから」
拳を握りしめてぐっと前に押し出す。
引きつった顔で透が、「誰が見るか!それにそれじゃあ殴るの間違いだろう!!」と悲鳴を上げた。
「透君…、竹刀持ってたなぁ…」
橋本透。
同い年の男の子であり、天音の兄弟子である。
天音が中学二年生の時に、薙刀を止め道場の近くにある剣術道場に通い始めた。その時のショックは今でも忘れられない。多苗は苦笑いを浮かべて天音に言った。
『男の子だから、複雑なのよ…』
と。
平安のころは薙刀は男子が扱っていた武器だったが、時代の流れで女子が扱う武器としてイメージが定着してしまったからのか…。
薙刀をやめる、と天音に伝えた際に透はこういった。
『剣道の方が、かっこいいだろっ』
少し怒りながらだったが…。
(薙刀だって、かっこいいわ…)
あの時から、ずっと思っている言葉。
でも…、と天音は湯船のお湯の揺らぎを見つめる。
「それに透君は…薙刀をやっていたころの方が…」
(―――もっとかっこいい、…よ)
ぽつりとつぶやかれた言葉は、最後まで喉から出ることはなかった。
埃を洗い流し、十分に温まった身体を用意されたタオルでふく。
さっと浴衣を着こみ、濡れた髪をドライヤーで乾かす。
「…、これでいいかな?」
洗面台で姿をチェックして、風呂場から出た。
以前は門下生がたくさんいたのであろう。昭和・平成と、時代によってだんだんと門下生――人が離れて行ってしまった。
この屋敷は、まだ当時多くの門下生がいた名残があり天音の使った風呂場も何人も一緒に入ることができるように大きめに作られていた。
脱衣所から出てきた天音は、食事の準備を手伝っていた透に声をかけた。
「あ、透君。上がったよ。お次どうぞ~」
ぎょっとして身を引いた透に、きょとんとして首をかしげる。
透は、手にしたお盆を思ったまま「わ、わかった!!」と叫んで脱兎のごとく廊下を走り去る。
「……?」
ぽかんとして、天音は透の背を見つめた。
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